当たり前の日常も、誰かにとっては非日常。そんな世界をのぞいてみたい願望ってありますよね。というワケで、興味をおさえきれず行ってきました、ワインの会社に。
見学をお願いしたのは、ワインのインポーター、ネット通販、ワイン通信講座などを手掛ける、株式会社ヴィーノハヤシ(Vino Hayashi)さんです。
今回、オフィスの中まで入らせてもらってお話を伺ったんですが、「どこ撮ってもいいし、何書いてもらってもいいですよ」と、超オープンな社風。隅々までお仕事を見せてもらい、滞在はなんと11時間になりました笑。やりすぎたかな。
ワイン選定テイスティングの様子から、サブスク・ワイン講座を中心としたビジネスモデル、創業時のお話まで、ロング取材でみっちり伺いました。情報が多すぎて逆に困ったんですが、頑張ってまとめましたので、ぜひゆっくりお楽しみくださいませ。
目次
大人の社会科見学 ヴィーノハヤシはこんな会社
「会社いっていいですか?」を快くOKしていただき、案内してもらったのは、Twitterで知り合ったヴィーノハヤシの通称副社長さん(@VinoHayashi1)です。以前、イタリアワイン通信講座のレビューを書いていたんですが、それを見て感想をくださったことがきっかけでやりとりさせてもらってました。本名は西垣浩平(にしがきこうへい)さん。ヴィーノハヤシの常務取締役をなさっています。
シロ:はじめまして。今日はよろしくお願いします。
西垣さん:はじめまして。遠くからありがとうございます。ゆっくり見ていってください。
あいさつの後、まずは私が使っていい座席とトイレの場所案内からだったのが、かなり嬉しい。ご配慮ありがとうございます。
そうそう、会社も西垣さんも、わりとお堅いイメージを持っていたんですが、めっちゃラフなTシャツ姿で出迎えてもらいました。皆さんとてもフレンドリーです。出版社や編集部の雰囲気っぽい。実際そうなんですが(後述)。
オフィスはこんな感じ。社員18名(パート含む)だそうですが、フレックス制かつ在宅勤務OKなので、普段はそれほどオフィスに人はいないそうです。出社した方がはかどるなら来てね。と、かなり自由な空気。
この日はワイン選定会があったので、会議室でブラインドテイスティングをされていました。
色調をしっかりチェックしながら香りをとってらっしゃいました。
テイスティングして、果実味、酸味、タンニン、ミネラルなど、項目ごとに記録をとっていきます。いろんな方がテイスティングルームを出入りして、それぞれ味を確認していました。
テイスティング中だった同社のソムリエ大塚さん。パスタ講座などをメインで担当されています。
西垣さん:今回の試飲はイタリア土着品種研究会のワインで、品種はプリミティーヴォですね。毎月違う土着品種を掘り下げています。選定会では、質が高いだけではなく、ぶどう品種の特徴が理解できるワインを選んでいますね。
シロ:なるほどー。完全ブラインドで選ぶんですね。社員さん全員で試すんですか?
西垣さん:ある程度決まったメンバーです。あとは、毎回外部から3名程度ゲストソムリエをお呼びして、試飲してもらっています。テイスティングが終わったら、わらわらと他の社員も集まってきて、まあみんな飲むんですけど笑
シロ:ええなあ笑
会議室には、ちゃんと神の雫もありました。うむ。
社内の別の部屋に移動。ここは少し寒い。箱でどどんっとワインが置いてあります。こういうのが見たかった。
西垣さん:メインの倉庫は別の場所にあるので、ここにあるのは梱包が特殊なワインや試飲用です。あとは、緊急時の備えなど。ギフト用もこちらに置いています。
シロ:ギフト包装はこちらでされるんですね。
西垣さん:はい。私も入社1年目は四苦八苦しながら、デパート包みやリボンラッピングを覚えました笑。安くはない贈り物なので手が抜けないです。今は専任のスタッフが一つひとつ丁寧にやっています。
大きな筒を発見。不良品?と書いてある。
西垣さん:ああ、地図です。通信講座の特典として付けてるんですよ。ここに置いてある不良品は、ちょっと端がヨレてたり、破れ目があったりしたものですね。
ワイン産地の地図ってありがたいですよね。何気に、見やすいものは簡単に手に入らなかったりしますし。
フロアに謎の置物。
シロ:めっちゃ気になってたんですけど、なんですか?この首の置物。玄関にも別のがありましたが。
西垣さん:シチリアの植木鉢、縁起物らしいです。浮気男の首を切って、頭にバジルを植えたらよく育った。っていう伝説とか風習とかなんとか。
シロ:こわっ!縁起物なのそれ?
※マヨルカ焼きの「テスタ・ディ・モーロ」というそうです。
と、社内に女の子が?いきなりワインを並べ始めました。
シロ:えっ?彼女はいったい……
西垣さん:社長の娘さんです。さっきプールのお迎えいってきてたみたいで。
シロ:ええ会社やなあ。
そして、先ほどのオフィスの写真なんですが。手前でテイスティングしている白Tシャツの方が、
ヴィーノハヤシ 代表取締役の林功二(はやしこうじ)さんです。あまりにもナチュラルに溶け込んではる。
さっきは娘さんがワインの酸度と糖度を測っていたんですね。お父さんのお手伝いです。一瞬、英才教育でテイスティングさせてるんかと思って焦ったがな。でも、「昼間のパパは光ってる」を見てもらえるだけじゃなく、一緒にできるって、ええなあ。
と、こんな雰囲気のオフィスでした。
ワイン選定会とインタビューの予定時間に差があったので、席をお借りして仕事をしていたんですが、背後から「トットッ……、カチリ」と、ワインを注ぐ音やグラスをデスクに置く音が聞こえてくるんです。それがほんとに心地いい。常にワインの香りが漂っているし、ワインの会社で働くのってこんな感じかーと。やっぱりいいですね。
「ワインのサブスク」がメインのビジネスモデル
ヴィーノハヤシは、2010年創業のワインの輸入・販売会社。イタリア国外にほとんど出回らないワインを買い付けて、自社サイトで直接販売するのが事業の土台です。
特徴的なのは、毎月ワインが届くサブスクリプションモデルがメインとなっていること。また、取引する生産者は、実際に現地のワイナリーを取材して写真・動画撮影まで行っています。これらの情報を編集し、ワインと合わせて提供することで、通信講座や定期購読の雑誌のようなスタイルでワインを販売しています。
なぜこのようなビジネスモデルなのか。同社の代表取締役 林功二さんと、常務取締役 西垣浩平さんに伺いました。
イタリアワイン通信講座を作った理由
シロ:イタリアワイン通信講座にしても、土着品種研究会にしても、普通のワインショップとは売り方がずいぶん違いますよね。なぜこういう形式にしたんですか?
功二さん:そこをお話するには、まず「ワインの美味しさとは何か」という話からになります。同じワインなのに、雰囲気のいいレストランで飲んだり、気の合う友人と飲んだりしたときの方が、美味しく感じられることありますよね。
シロ:間違いなくありますね。
功二さん:これは何かというと、ワインは頭で飲んでいるってことなんですよ。純粋にモノとしてのワインの味を感じ取ろうとしても、脳で感じることだから、周辺の情報によって変わる。
西垣さん:情報のうち、目で「見えている」ものはわずかで、大部分は脳が保管した情報から構築しているって話ありますよね。味も、実際の味を100%舌で感じているわけじゃない。
シロ:なるほど。記憶や環境まるごとひっくるめて、味として認識しているんですね。特にワインは、歴史や文化もあわせのむって言いますしね。
功二さん:そうです。僕はこれを「情報に騙されている」とかじゃなく、肯定的に捉えてるんです。ワインが美味しくなるならいいことじゃないかと。それで僕にとって、一番美味しいワインというのは、現地で、生産者の話を聞きながら飲むワインなんですよ。
シロ:話が見えてきた。
功二さん:例えばこのワイン「カステル・ユヴァル リースリング」。ただ飲むだけだと、アロマティックでミネラルが素晴らしいワイン。みたいな感想になるんですよね。実際、とてもいいリースリングなんですけど、それだけじゃない。
功二さん:このワイナリーはイタリアの北端、トレンティーノ=アルト・アディジェ州にあるんですが、オーナーはこのラベルのユヴァル城の持ち主で、世界的に有名な登山家なんです(※ラインホルト・メスナー)。城は山の上にあって、途中の崖みたいな急斜面で葡萄作ってるんですよ。
ワイナリーに行くには、すれ違えないような細い山道を運転していきます。ガードレールもなくてリアルに怖い。見学している人たちも完全に登山装備で、独特の雰囲気があります。でも、僕はもう行くたびに感動するんですけど、そうやって登ったワイナリーからの景色が本当にすごいんです。ユヴァル城や、国境を越えてオーストリアの永久凍土まで見渡せる。そこで生産者と話しながら飲むワインが本当に美味しいんです。
シロ:聞いているだけで情景が。それは素晴らしく美味しいでしょうね。
功二さん:こういったワインの背景や生産者の話を、ワインと一緒に届けたいんですよ。その方が絶対に美味しく飲めるから。僕たちが体験した美味しさ、“世界観”をまるごと伝えたいんですね。その手段のひとつとして、ワインにテキストが付いた通信講座という形になったんです。
シロ:なるほどー。確かに知識があるとより美味しく飲めるのは、実感としてあります。ポンとワイン買ってくるだけでは、そこまで考えずに飲んじゃいますしね。
西垣さん:ちょっと補足すると、産地や生産者の話を理解するには、前提として必要になるワインの知識もあります。講座では、そこも含めて、受講しているうちに学べるように設計してますね。
価格帯による販売戦略
ワインを単純な消費材ではなく、体験を提供する触媒と捉える同社。ただ、きれいな想いだけではビジネスになりません。渋沢栄一がいう「論語と算盤」のように、経済は理念や道徳と結びついてこそですが、逆もまたしかり。理念を実現する事業の継続には、利益が必要です。このあたりを少し突っ込んで聞いてみました。
シロ:ヴィーノハヤシで取り扱うワインは、少し高めのワイン(4000円以上がメイン)ですよね。気軽に手を出せるとは言いがたい価格帯ですが。
功二さん:そうですね。僕たちは初心者の方にこそ飲んでほしいと思っていますが、お客さんを選ぶ商品だとは思います。でも、1000円〜3000円くらいのワインは、結局のところ価値が“コスパ”になってしまうんですよね。たくさん仕入れて、たくさん売る。価格勝負になります。そうなるとわれわれ小規模なところは、大資本に勝てないんですよ。
シロ:たしかに、安売りは企業の体力勝負になりますね。
功二さん:それに対して4000円〜6000円のワインは、「なんでその値段なの?」に対する答え、理由が必要な価格帯です。単純に利益を削って少し安くしたって売れないワインなんですね。しっかり説明して価値を伝えて、丁寧に売らないといけない。これは、とても面倒くさいことなんです。なんでワイン1本売るのにこんなことしなくちゃならないんだって。だからこそ、僕たちがやる価値がある。
西垣さん:通信講座なんて、普通は制作コストと合わないってなりますよね。僕たちは、社員4人くらいのときから編集部的に組織を作ったのでよかったですが、大きくなってからの転換は難しいと思います。
シロ:うーむ、たしかに。「で、それやったらいくら売上アップすんの?」って言われて終わりそう。でも御社は、値段を安くするのではなく、ワインの周辺情報をコンテンツ化して付加価値にする戦略をとったわけなんですね。
功二さん:はい。正直そこでしか勝てないと思ったのもありますが、ワインの本質的な価値の部分だと信じてもいましたから。それで、理由を説明できる、かつ生産者の個性がはっきり表れるワインが、この4000円〜6000円レンジからだと思っているんです。
シロ:あ、それは納得できますね。私は1000円台ワインも好きですが。
功二さん:そうですね。造り手だって、数を売ってほしいワインはあるわけですから、そこは役割分担ですよね。安く量を売るのは大手さんにおまかせです。ウチは良くも悪くも、ワインのことをもっと知りたいって方向けの商品ですね。今ワインに詳しいかどうかは関係なく、知的欲求がある方なら楽しめると思います。
西垣さん:講座として言えば、イタリアワインがわかりにくいのもよかったのかなと思います。僕はイタリアワインが好きでここ入ったんですけど、堀りがいがありますよね。きちんと覚えたいって。
シロ:そういや、イタリアワインはカオスってよく聞きますね笑
功二さん:そうそう笑。受講生の2割くらいは、飲食店や有資格者の方なんですよね。ソムリエやワインエキスパート取った方でも、苦手意識持っていることが多いんです。フランスワインは体系立っていてわかりやすいけど、イタリアは正直わかんなかったので勉強したいって言われますね。
自分たちをインポーターだとは思っていない
イタリアワインの輸入・販売から始まったヴィーノハヤシ。でも、今は自社のことをインポーター(輸入者)ではないと言います。ワインが持つコンテンツ力を形にして、人と人のつながりを作る。これが本質的な価値であり、自社がやるべきことと定義しているそうです。
功二さん:経営として、ビジネス的に輸入販売をやる部分は当然あるんですが、より上位の価値は人のつながりを作ることなんですよね。ウチのやり方だと、生産者とは濃いつながりができています。定期購入や講座形式なので、普通にワイン売るよりお客さんとのつながりも強い。あとは、インポーター同士でもつながっていきたいんですよ。
シロ:といいますと?
功二さん:創業からのアイデンティティはイタリアワインにあるわけですが、僕たちの価値はトレーディングそのものにあるわけじゃない。ワインの持つコンテンツ力を、マガジンや講座として編集、カタチにしてお客さんに届ける。ワインを介して人をつなぐ、その仕組みに価値があると思っています。事業の構造としては、もちろんインポーターではあるんですが、ちょっと違う立ち位置にいるというか。
シロ:なんて言うんでしょ、コンテンツメーカー?
西垣さん:キュレーターとか。
功二さん:そんな感じで笑。とにかく、普通のインポーターの枠から外れるところに僕らの価値がある。だから他のインポーターさんとも協力できるし、そうしたい。ワインは世界中にあります。1社ではできないし、やる必要もないじゃないですか。
シロ:特定地域と狭く深くつながる専門インポーターさん、他にもありますもんね。
功二さん:そうです。すでにヘレンベルガー・ホーフさんと一緒に、ドイツワイン通信講座をやっているんですが、もっと展開できると考えています。
シロ:ヘレンベルガーさん!それは夢が広がりますが、ぶっちゃけインポーター同士って仲いいんです?
功二さん:そこは僕もわからないです笑。うちも同業からどう見られているか意識してなかったですし。でも、ヘレンベルガーさんみたいに、みんなでワインを盛り上げていこうってところは多いと思いますよ。お互いお客さんという立場になることもありますし、一緒にやっていきたいですね。
ドイツワイン通信講座の紹介動画。ベッカー、フーバー、ラッツェンベルガーと、好きな造り手ばかりでテンションあがる。ラッツェンベルガーはほんとにいいぞー。
創業時のお話 大手商社をやめて起業
創業時のお話も伺いました。林功二さんは、もともと三菱商事の商社マン。6年半勤めたのち会社を辞め、2010年にヴィーノハヤシを創業します。
シロ:創業時のお話を伺えますか。どうしてワイン関連で起業を?
功二さん:実は、起業前はワインにこだわっていたわけじゃないんです。とにかく自分で商売がしたかった。元は商社にいたんですが、仕事しながら、「これ自分じゃなくてもできるよな」って気持ちが常にあって。
シロ:ええ……大手商社の仕事が誰でもできるとは思わないですが。
功二さん:全部がそうじゃないですが、中身はカラッポなところもけっこうありますよ笑。それで、商社って“お客さん”との接点がないじゃないですか。
シロ:消費者、エンドユーザーとの接点という意味ですね。
功二さん:はい。基本的には卸や小売りにモノを届けます。最終的なお客さんと接するのは、他の人なんですよね。かといって造り手でもない。自分で何かできる余地があまりないんですよ。シンプルに言えば、モノを受け渡すだけ。これ必要かな?とずっと思ってたんです。実際に、商社不要論は以前からずっとありますし。
シロ:ネットなどで、お客さんと直接つながる時代になると、特にですね。
功二さん:そうです。だからお客さんと直でつながっていけるビジネス、これを自分でやりたくて。いろんなビジネスプランを考えて、持ち込んだりもしてたんです。でも、だいたい「強みはあるの?」と言われて終わりなんですよね。
シロ:なるほど。
功二さん:普通にサラリーマンやってた人間に、そんな1番になれる強みがそうそうあるわけねー、っていう。できるとしたら、とにかく早く立ち上げて軌道にのせる、先行逃げ切りみたいなビジネスモデルとか。でもですね、こっちは人とずっとつながっていける商売がやりたいわけです。儲かればいいって話じゃない。そうやってモヤモヤしていたときに、兄がイタリアの最優秀ソムリエ(※)に選ばれたんです。
ガンベロ・ロッソなどと並ぶ、イタリアグルメ界を代表するガイドブック。年間最優秀ソムリエ受賞は日本人初。
シロ:お兄さん、林基就(もとつぐ)さん。
功二さん:これはね、やっぱりものすごいことなんですよ。ヨーロッパの三つ星レストランで日本人がチーフソムリエになるだけでも、とんでもないこと。そんな簡単にできることじゃない。かつ、イタリアNo.1ソムリエ。これだ!と思いました。兄と一緒に、まだ日本に来ていないイタリアワインを買い付けて、日本で売ろう。自分にしかできない強みはこれだと。それで会社を辞めて起業しました。
シロ:強みが強すぎる。なるほど、そこからワインの仕事を考え始めたわけですね。それですぐ通信講座を始めたんですか?
功二さん:いえ、講座になるのはもう少し先です。まずは生産者から直輸入してお客さんに届けるモデルをどう作るかを考えました。そこでネット通販、ECをやると決めたんです。でも、ショップサイトを作っても、選べるワインが少ないと、お客さんにとって魅力ないですよね。かといってアイテムを増やせるかというと、創業してすぐだしキャッシュ的に無理。だから頒布会にしたんです。
シロ:頒布会(はんぷかい)、定期購入ですね。
功二さん:はい。毎月違うワインが2本ずつ届いて月1万円、12ヶ月の定期購入コースです。これならワインの種類を増やすための時間が確保できます。というか、そうするしかありませんでした。生産者に直接取材してぜんぶ動画撮ってたんで、とにかく時間がぜんぜん足りなかったんですよ。翻訳して文字起こしするのも自分でやってましたから。
シロ:Youtubeにかなりの量アップされてますね。最初から全部の生産者を撮っていたんですね。インポーター・ショップ業務に加えて、取材してコンテンツ作成までってめちゃくちゃハード。
功二さん:ユーチューバーって言葉もない時代なので、早すぎましたね笑。ハードでしたが、産地や生産者の情報をまるごと届けるって付加価値は、このときから考えていたので、ゆずれなかったんです。ワイナリーからのオンライン配信もやってましたよ。現地の回線が遅すぎてうまくいかなかったですけど。
シロ:だからやるのが早いですってw
創業直後の大震災でいきなり存続の危機に
功二さん:ビジネスモデルは決まった。イタリアに行って、生産者の取材と買い付けもした。さあここからだってときに、東日本大震災です。
シロ:そうか、創業は2010年の12月。3ヶ月後……。
功二さん:世間は大混乱だし、いろんなものストップしてるし。しかも、このとき初めての雑誌広告の契約を済ませてたんですよ。JALカードの会員誌。これが空振りだったら終わりって勢いで、あるだけキャッシュをつぎ込んでました。なのに、刊行されるのかどうかすらわからない状態に。
シロ:聞いてるだけで胃が痛い。
功二さん:ああ、もう終わった。って思いました。何もできないので、妻の実家に行ってゴロゴロしたりしてました。そしたら、雑誌がゴールデンウィークに刊行されることになったって。
シロ:ほうほう。
功二さん:で、いざ刊行されたら大反響で、めちゃくちゃ注文きました。
シロ:よかった!社運をかけた広告が成功。
功二さん:誌面には、海外で活躍する日本人を紹介する「われら地球人」というコーナーがあって、その号は林基就の特集だったんです。そこに合わせて広告を打っていたんですよ。「林基就がセレクトした日本初入荷のイタリアワイン」って。フタを開けてみれば160件もの申し込みです。なんとかテイクオフに成功した瞬間でした。
シロ:いやー、ドラマですねえ。
次の展開が作れず、倉庫で1人作業し続けた3年間
雑誌広告が当たって、ひとまずスタートダッシュには成功したものの、商品が定期購入コースしかない状態。ネット通販モデルでやっていくには、ワインの種類が足りません。増やそうにも、自社直輸入にこだわるため、簡単にはできない。ビジネスが前に進まない現状に悩み、苦しんだ時期もあったそうです。
功二さん:雑誌広告で、会社としてギリギリやっていける注文はいただけました。でも、入金いただいた分はそのまま買付代金にまわります。ずっと自転車操業です。作業もほぼ1人でやっていますから、定期購入コースをしっかり回すことだけで精一杯でした。
シロ:発送作業なども全部ひとりで?
功二さん:自分でやってました。港に届くワインの引き取りからです。妙にブレーキの効きが悪いハイエースに乗って、港と倉庫をピストン輸送ですよ。一度に3000本くらい積めるんですけど、多い時には1万本くらい来るので、1日で3往復。地下の倉庫にはエレベーターがないので、手持ちで階段使って行ったりきたり。
そこから開封・梱包・発送なので、ずっと地下の倉庫で仕事してましたね。寒すぎて真夏でもユニクロのウルトラライトダウンを着込んで。トイレが流れず、いつも近くのコンビニで借りていました。発送が集中する時期には、妻にも梱包を手伝ってもらってたんですけど、冷たくカビくさい地下の倉庫にこもりっきりの様子を見て、このまま死ぬんじゃないかと心配されていたみたいです。
シロ:うわー……苦しい時期はやっぱりあったんですね。
功二さん:このころは先が見えなくて精神的にギリギリでした。倉庫でひとり爆音で音楽かけて気持ちをあげて、ネットラジオから響く人の声でなんとか心を保っていましたね。もう今じゃこんなことできないかもです笑
TV番組「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」に登場しブレイク
ひとり倉庫で黙々と業務をこなす日々。自らが「停滞期」と呼ぶ期間は3年ほど続いたそうです。でも、その間に契約を結ぶ生産者が増えていきました。定期コースが1巡すると、少なくとも1年で12の生産者と新たに取引を始めることになります。ワインの種類が増えて、飲食店にも営業にいけるようになりました。忙しく、次への投資ができない状態は変わっていませんが、会社としての筋力は着々とついてきていました。そんなときに、TV局から取材の話が舞い込みます。
功二さん:日テレの「笑ってコラえて!」って番組があるじゃないですか。コーナーの1つに、世界で活躍している日本人を紹介するのがあるんですけど、うちの兄を取り上げたいと連絡があって。
シロ:おおー、ビッグチャンス到来ですね。
功二さん:そうなんですが、イタリアのレストランでソムリエやっている兄だけが取り上げられても、日本の商売としてはそれほどインパクトがないわけです。それに番組でも、経済ニュースを扱う「経済部を作ろう」ってコーナーができたばかりだったので、なんとかこちらでの切り口がないかと考えたんです。
シロ:ふむふむ。
功二さん:それで、ちょうどそのころ、アメリカでサブスクビジネスが流行りだしたころだったんですね。今でこそ「サブスク」という言葉は浸透していますが、当時は目新しかった。なので、「あのー、うちはワインのサブスクリプションコマースやってるんですよね」と、定期購入コースのことをこう言ってみたんです。そしたら「その話くわしく!」となって。
シロ:すごい!機転をきかせた提案もタイミングも完璧ですね。
功二さん:それで会社に取材が入って、3時間スペシャルで30分もウチの特集してもらえたんですよ。イタリア国内でしか流通してなかったワインが、サブスクで買えると、大反響でした。放送日は、CMに入った瞬間にサーバー落ちました笑
シロ:もったいねえー笑
功二さん:翌日の昼くらいまでサイトが表示されなかったので、機会損失も大きかったんですけど、それでも、とうてい一人じゃ対応できない注文が入りました。すぐに「親父、助けてくれ!」って実家に連絡して、みんなでひたすら梱包してました。
それでこの時に思ったんですよ。今のやり方を続けていても、こういうラッキーがない限り事業の拡大はない。このままではダメだ。なにか新しい展開が必要だって。そこから一気に人を増やして考えて、イタリアワイン通信講座の開発につながっていったんです。
シロ:おおお、そうやって講座につながってきますか。企業に歴史あり、だ。
功二さん:はい。このときが、本当に「会社」としてスタートしたタイミングだったと、今になって思いますね。
今後実現したいこと
シロ:これからの展開で考えていることはありますか?
西垣さん:あ、僕考えてることあるんですけどいいですか。功二さんにも初めて言うんですけど。
功二さん:なんですか?
西垣さん:ヴィーノハヤシ闇市(やみいち)。オンライン参加者限定のフラッシュセールやりたいんですよね。
シロ:ライブコマースですね!インスタとかでやってる。
西垣さん:はい。プラットフォームは簡単なのでもよくて、雰囲気もZOOM飲み会みたいな感じでいいんですけど、ちょっとお行儀悪くやりたいんですよね。「社長!ここちょっと傷あります。今日だけ、この1本だけ。ログも残らないので、これ半額でいっちゃいましょう?」みたいな。購入してもらえたら、カランカラン〜と鐘を鳴らして。
功二さん:面白いじゃないですか笑。すぐやりましょう。
シロ:早いなw
西垣さん:功二さんとしては、ただ安いのは僕らの価値じゃない、となるところだとも思います。でも、エンタメに昇華すれば価格も1つのコンテンツになる。僕はそっちの方向もやってみたいなと思っていて。
シロ:セールは楽しいですよね。つながりを作るという意味でも、きっかけになるかもしれませんし。功二さんどうですか?
功二さん:いや、めっちゃいいです。やりましょう。輸入やっていると、アウトレット品は絶対に出るので、盛り上がって喜んでもらえるなら万々歳。という思惑もありますが笑
それよりも、やっぱり僕らの仕事の本質的な価値は、ワインを介して人と人がつながることにあると思うんですよね。生産者や他のインポーターさん、それにトークができるソムリエも巻き込んで楽しめそう。みんなもっとお客さんと近づいた方が楽しいし、僕たちもつながっていきたい。
シロ:ウェビナーやオンライン飲み会も普通になったし、いろいろできそうですよね。
功二さん:そうなんですよね。イベントで同じ会場の遠くにいるより、オンラインのモニタ越しの方が近いですからね。それに感覚の共有がオンラインでできるって、ワインならではなところがある。同時におなじものを体内に取り込むって、かなり神秘的な行為なんですよね。もっとそういう場を作りたいです。
シロ:話がどんどん膨らんでいく。いやー、しかしこの場で企画がすぐにまとまっていくとは。
功二さん:会社のみんな、こんな感じですよ笑。こうやって好き勝手に企画出してくれるんです。それが僕の望んだ世界でもあるので、今の状態は嬉しいですね。
今後実現したいこと2
功二さん:僕が考えていることはいろいろあるんですけど、その内のひとつ。今日みてもらった土着品種研究会や、月刊DOCGなど、マガジン付きの定期コースがあるんですけど、これのもっとエントリー版を作りたいんです。
西垣さん:土着品種とかは、だいぶマニアックなとこいってますからね笑
シロ:そうなんですね笑。エントリー版ということは、もっと間口を広く?
功二さん:はい。月刊DOCGも基本は旅マガジンですけど、それを世界中に広げようと。少しメジャーから外れたところも行けたら面白いですよね。イタリアなら、たとえばサンマリノ(※イタリアのなかにある独立国)とか、フランスならコルシカ島なんかも。国なら、ハンガリー、メキシコ、タイ、ブラジル、インドなど、ワインと合わせて巡ると面白い。
シロ:ワイン版「地球の歩き方」じゃないですか!ワインじゃなくても、みんな思い出のある国ってたぶんありますよね。めっちゃくちゃ面白そうですね。
功二さん:そうなんです。ウチだけじゃできなので、他のインポーターさんとも組んでやりたい。ドイツはヘレンベルガーさんと講座作っていますが、それの連合軍バージョン。マイナーなワイン産地のインポーターって、ほぼ社長だけで頑張ってるところとか多いんですよ。僕らと同じ小さなベンチャーですけど、束になるとパワーを発揮できる。
シロ:コンテンツの本質は「集まり」ですしね。販売側も楽しそう。
功二さん:それぞれ、国の代表くらいのパッションを持って紹介してもらってね。エンドレスでできると思います。今すでに準備していて、僕自身楽しみなんです。
シロ:いやー、ほんとにこれからも楽しみですね。今日はありがとうございました!
追記:こちら、ワインプラネットとしてサービス開始されました!レビューも書きました。
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土着品種研究会:イタリアの葡萄品種ごとのワインが毎月1〜4本届く定期購入コース。品種の特徴や歴史について掘り下げた冊子が付く。
イタリアグリズモ:創業時から続くイタリアワインの定期購入コース。毎月2本の直輸入ワインが届く。生産者の人柄やワイン造りの哲学、取材の裏話まで載るガイドマガジン付き。
ワインプラネット:世界のワインが旅マガジン付きで毎月届く。執筆は各国専門のインポーターが担当。
イタリアワイン通信講座のレビューはこちらです。